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兵庫県知事のパワハラ疑惑について

 兵庫県知事のパワハラを第三者調査委員会が認定したというニュースを三月に聞き、調査報告書を読んでみた。確かに、10項目についてパワハラだとしている。ただし、「職場の雰囲気を壊すので、こういう行為はやめなさい」という趣旨であり、辞任を求めるものではない。ハラスメントは、軽微な場合でも職場の雰囲気を悪くするので、やめるべきだ。一部のマスコミは知事に辞任を迫った。彼らは傷害や強制わいせつなどの犯罪行為でも「ハラスメント」や「いじめ」と表現するので、問題の程度を表現できないらしい。

 パワハラには程度がある。ひどい場合は懲戒すべきだが、止めればよいというものもある。たとえば、大声で部下を叱る行為は、頻繁なら懲戒の対象となり得るが、一回だけで懲戒はまずない。懲戒はないけれど、状況によってはパワハラに該当し、「止めなさい」なのだ。マスコミは、パワハラに該当したことだけで辞任を迫るが、この場合はマスコミがパワハラの加害者だ。

 兵庫県知事のパワハラ等を告発する文書は、当初は県庁外部に送られた。告発された知事の行為は、パワハラ以外に6つあり、その一つは事実とは言えず、あとの5つは事実の部分もあるが問題とは言えないと委員会は評価した。その、問題としなかった5つの行為の中に法令違反があることをもって、この告発を公益通報とみなした。外部への告発の場合、この判断は微妙だ。まず、通常のパワハラは、公益通報の対象ではない。通報にはパワハラ以外の違法行為の指摘もあったが、外部への通報で通報者が保護されるためには、通報対象事実が生じたと信じるに足る相当の理由が必要である。その「相当の理由」を委員会は明確にせず、公益通報者を保護する体制に関する条文の解釈を根拠にしている。(公益通報を内部…今回の場合は県庁の通報窓口宛に行った場合は「相当な理由」は要件になく、不正な目的でない限り、通報者は保護の対象となる。)
 委員会は、兵庫県知事のパワハラ等をマスコミ等に通報した行為は不正な目的ではないと判定した。理由は、告発文書に「関係者の名誉を毀損することが目的ではない」と書かれているからだという。本人がそう書いたことをもって不正な目的ではないと判断するのは、客観性の点で疑問が残る。一方、不正な目的と判断する場合はそれを証明しなければならず、それも難しい。

 最初の文書での指摘は7件もあって、パワハラは7つの最後の1件だった。この種の文書は重要なことから書くものだから、通報者にはパワハラの問題よりも他の6つのほうが重要なのだろう。その6つが事実ではなく、または問題ではなく、しかも通報を内部通報窓口で受けてないのだから、この種の通報を内部通報ではなく誹謗中傷だと決めつけてしまうことはどこにでも起こり得る。他山の石とすべきだ。
(ブログ 2025/3/24~2025/4/2)

2025年08月26日

農業分野のデジタル/AI活用

 農業分野におけるデジタル活用について議論する機会があり、デジタルを活用した新たなサービスを考え出してみようという話題になった。出てきたアイデアには、経験のない新規就農者に対して圃場(田畑)に最適な作物や品種をAIで判定して提供する案や、農作業計画をAIで策定する案があった。これらをAIで実現しようとしても、年のサイクルでしか学習できないので、機械学習の利点を発揮できないと考え、私は「できっこない」と一蹴してしまった。では、農業に関して何ならできるのだろうか。

 デジタルが、経験のない新規就農者の助けになるケースはある。たとえば、農作物の病気や害虫の診断をするサービスは、スマホで撮った病気・虫食いの葉の写真などを元にAIで原因の病気や虫を診断してくれる。原因が分かれば対策を打てる。グローバル化により病気・害虫が多様化し、また、熟練生産者が高齢化して新規就農者に技術を伝える時間がない中での解決策だ。ただし、対象の作物は限られる。
参考:「AIを活用した病害虫診断技術の開発」㈱ノーザンシステムサービス
https://www.nssv.co.jp/randd/ja/project-02.html

 あるいは、経験のない新規就農者でも熟練者と同等の農作業を可能にするアプリがある。たとえば、ブドウ収穫作業で掛ける眼鏡だ。収穫時期になった房を見分けてガイドしてくれて、未経験者でも熟練者と同等のスピードで収穫できる。収穫した房の秀品率は熟練者を上回るという。ブドウの花が咲き始めたころに、房の形を整えるために余分な花を切り落とす作業や、実の粒を大きくするために余分な実を間引く作業を支援する機能の眼鏡もあるという。
参考: 「⾼品質シャインマスカット⽣産のための匠の技の「⾒える化」技術の開発・実証」JAフルーツ山梨
https://www.naro.go.jp/smart-nogyo/r2/files/r2_5g_C02.pdf

 さらに、自動的にキャベツを収穫する「キャベツ収穫機」が実用化されている。キャベツ畑を走りながらAIでキャベツを識別して、その位置に刃物を合わせて刈り取り、まわりの余分な葉を落として、丸いかたまり(売る部分)だけを車上の籠に収納する。運転は無人でできるが、籠へのキャベツの収納は人が補助したほうがよさそうだ。ところで、収穫期しか使わない農業機械に、農家はどれほど投資できるのだろうか。
参考:オサダ農機株式会社「キャベツ収穫機」
http://www.osada-nouki.co.jp/cabbage.html

 収穫を自動化する例は多いが、使用時期が短いので、大きな機械の場合はなかなか採算が合わない。そこで、シェアというサービスがある。農業機械を利用する時期だけ借りて、終わったら返す。業者は、返却されたらメンテナンスをして、季節を追いかけて別の地域の農家に貸し出す。借りる費用は所有するより若干安く、メンテナンスにより農作業中の故障は少ない。
参考:JA三井リース「農機具リース」
https://www.jamitsuilease.co.jp/service/agriculture/special.html

 農業分野にAIを使う例は多いが、AIは機械学習のためのデータを必要とする。たとえば病気や害虫の診断AIには、病気や害虫の被害を受けた作物や葉の写真が学習に使われる。写真は原則として著作権を保護されるので、勝手にコピーできない。学習のための写真は数が必要なので、大勢の生産者等が協力して、このために提供している。もちろん、これらの写真も保護される必要があることは言うまでもない。提供した生産者等が意図する範囲を越えて情報・知識等が流出する事態、提供した結果の成果を提供した生産者が利用できない事態は避けたい。そういうときの契約書のガイドラインを農水省が提供している。その出来栄えを評価できるほど読み込んでいないが、契約内容を白紙から考えるよりはこれを利用するのが確実だ。
参考:農水省「農業分野におけるAI・データに関する契約ガイドライン~農業分野のノウハウの保護とデータ利活用促進のために~」
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/tizai/brand/keiyaku.html

 農研機構が提供する農業データ連携基盤WAGRIというクラウドサービスがある。気象や農地、収量予測など農業に役立つデータやプログラムを提供する公的なサービスで、官公庁・農研機構・民間企業・民間団体などから様々なデータやシステムが提供され(有償を含む)、それを利用して農機メーカやICTベンダなどが農業者等へのサービスを提供する。私自身は直接利用したことはないが、注目している。
参考:WAGRI https://wagri.naro.go.jp/

 あるいは、AgriTechという表現でスマート農業を表すこともある。その中には販売支援も含まれる。たとえば、「農家の直売所」という農産物流通プラットフォームは、生産者と都市部のスーパーマーケットを結び付け、収穫翌日には店頭に並べる仕組みを整備し、販売価格は通常の流通経路より若干安く、生産者の手取り額は多い。売場に生産者の顔写真を置くなどして、消費者に身近に感じてもらえる工夫をしている。
参考:株式会社農業総合研究所「農家の直売所」
https://nousouken.co.jp/service/farmers-direct-sales-office

 冒頭に述べたような、経験のない新規就農者に対して、自分の圃場(田畑)に最適な作物や品種をAIで判定して提供する例や、農作業計画をAIで策定する例は見つけられなかった。やはり、AIではできないのだと思う。
(ブログ 2025/2/23~2025/3/3)

2025年07月25日

高速船クイーンビートルの浸水隠蔽を読み解く

 日韓を結ぶ高速船クイーンビートルの浸水隠蔽についての第三者委員会調査報告書(2024年11月21日開示)を読み解く。

 この事案で最大の問題は、運航していたJR九州高速船が浸水の事実を、三か月を超えて隠蔽したことだ。同社の方針として、浸水の懸念があれば当局に報告することを定めていたにもかかわらずだ。初日は浸水が少量で、通風口などから海水が侵入したものと推定されたのでやむを得ない面もあるが、3日-4日と継続すればそうはいかない。そこが分岐点だった。
 JR九州高速船が浸水に関して定めた方針は、少量でも浸水があれば関係機関に速やかに報告、というものだった。それに基づいて、問題の浸水隠蔽が始まる前月までは、少量の原因不明の浸水でも当局に報告されていた。だが、問題の浸水は、一晩だけ様子を見るはずが、当局に報告せずに運航を継続せよとの方針変更だと船長も船員も認識したという。こういうとき、船長や運航管理者は、運航の安全に関しては社長に盾をつくぐらいに頑なでなくてはならないが、空気を読んでくじけることもある。普段から言い聞かせて支えるのは経営者の仕事だ。

 船を運航する企業なら、浸水や沈没などの事故は最重要リスクの一つである。運航部門や運航管理者には運航の安全の責任を負わせ、利益や顧客満足の責任は営業部門に負わせる。この事案の場合は、そのような責任分担が曖昧だったのか、浸水発生時に、予約客のために運航を継続する方向に幹部の意見が偏り、社長はそれを追認した。ガバナンスの欠陥である。
 リスクマネジメントの観点から、浸水や沈没などの事故を最重要と認識し、運航の安全に手厚いリスク対応を組み込むと決めることが必須だ。リスク対応としては、運航部門と営業部門の業務を分けて、運航部門は安全、営業部門は顧客満足というように責任を分離し、難しい判断のときに経営者に相談が上がるようにすることだ。

 この事案で私が次に重大と思うのは、浸水警報装置のセンサーの、本来の位置から上方への移動だ。浸水が徐々に増えて、このままでは警報が作動して浸水を当局へ報告せざるを得なくなり、運航できなくなることが理由だった。船員にとって、浸水警報装置は自らの命を守るためのものでもある。誰に「やれ」と言われてもやりたくないと思うのだが。
 この件、社内での相談や報告はされていた。運航管理者代行、運航管理者、安全統括管理者、そして社長まで承知していたのに、誰も異を唱えなかったのである。浸水の事実を隠ぺいするために浸水警報装置を上方へ移動させたことが、安全軽視という観点でのちに問題になる可能性を考えなかったのだろうか。
(注:浸水警報装置は、浸水の水位がセンサーの高さに達すると警報が作動する。上方へ移動すると、浸水がより高い水位に達するまで警報は作動しない。)

 この事案に関する具体的な問題行動は他にもあった。隠蔽された浸水が始まった初日に浸水量の記録を取るように運航管理者が船長に指示したのだが、その記録は航海日誌などの当局が閲覧し得る公式記録にではなく、非公式の記録簿にされた。3ヶ月もそれを続けたわけだが、浸水の事実を当局に隠し通せると考えたように見える。それは不可能だ。
 一般に、当局などに報告すべき問題を仲間うちで隠蔽しようとしても、しばしば失敗する。うっかりしゃべってしまう仲間がいたり、隠蔽していると知らない人がしゃべったり、仲間うちから内部通報があったりする。経営者としても、運航管理者としても、このような隠蔽はあり得ないのだ。

 この事案で、JR九州高速船がまっとうな道に戻る機会はあったと思う。その最後の機会は、浸水の記録が2-3日で終わらず記録簿のようになったときだろう。これはまずいよ、やめよう、と誰かが言えば引き返せたのではないだろうか。それが若い船員だったとしても、公益通報保護法が整備された今の時代に、従業員に黙っていろと言える経営者はさすがにいないと信じたい。

 なお、第三者委員会の報告書について、2024年12月27日に第三者委員会報告書格付け委員会が非常に低い評価結果を開示した。9人の委員のうち7人がD、2人がFだという。評価の理由のうち、社長、運航管理者、船長がそろって安全より利益を優先した理由・動機の解明がされていない点を指摘している。私は「空気を読んだ」と解釈したが、確かに他の理由もあり得る。
(ブログ 2024/12/30~2025/1/11)

2025年07月19日

内部統制実施基準の2023年改訂

 J-SOX実施基準の2023年4月の改訂を振り返る。その適用は2024年4月からであり、3月決算の企業では改訂が適用された初年度が終わり、これから月末にかけて最初の内部統制報告書が開示される。
 まず、内部統制とガバナンス、全組織的リスク管理の一体的整備・運用について考える。この三つは、同じ活動に見る角度により別の名称がついているようなものだ。経営者が主語のときはガバナンス、従業員が主語のときは内部統制で、いずれもパフォーマンスとコンプライアンスが目的だ。そして、丁寧な統制を重要事項に絞り込むこと、すなわちリスク管理によりガバナンス/内部統制が実現可能になる。三つは必然的に一体的になるものだ。
 次に、評価範囲を決める際の監査人(独立監査人)との協議について押さえよう。「評価範囲の決定は経営者が行う」としたうえで、この協議は「監査人による指摘を含む指導的機能の一環」としている。この「経営者」は実務的には内部監査人だが、決めた結果を監査人に示して指摘を待つのではなく、決めた根拠を監査人に説明・説得しなければならない。虚偽記載リスクの在り処は、監査人よりも内部監査人のほうが知っている。
 三つ目に、経営者が内部統制を無視する事態をいかに防ぐか、という点だ。具体策の一つが「内部監査人による取締役会及び監査役等への直接的な報告」である。経営者が内部統制を無視した事態に内部監査人が気付くこともあるし、内部監査人が報告した問題が経営者による内部統制無視の影響だと取締役・監査役が気付くこともある。いずれにせよ、この「直接的な報告」は有益だ。
 最後に、IT業務処理統制評価の頻度は特定の年数を機械的に適用すべきではない、という点だ。以前は「一定の複数会計期間に一度の頻度で」とあったので、固定的に頻度を決めるものと解釈できたし、それで失敗したケースがあったのかもしれない。IT全般統制がしっかりしていれば、前年度のIT業務処理統制の評価結果を今年度に適用できるかどうか、分かるのではなかろうか。
(ブログ 2024/12/23~2024/12/29)

2025年06月19日

内部統制報告制度の実効性

 内部統制報告制度の実効性について考える。
 2023年4月に公開されたいわゆる「実施基準」の冒頭に、内部統制報告制度の実効性に関する懸念が指摘されているとある。たとえば、内部統制報告書に記載する「開示すべき重要な不備」が内部統制評価の範囲外から識別される事例が少なくないという。
 内部統制評価の範囲の決め方は実施基準にあり、事業拠点を売上高の大きい順に並べて、上位から累計で連結売上高の2/3を占めるまでを重要は事業拠点とする考え方が例示され、さらに重要性の大きい業務プロセスがあれば評価対象に追加することとしている。この、「他に重要性の大きい業務プロセス」を洗い出すのが、本社にいる内部監査人には難しい。リスクの実態が各拠点でしかわからないものもある。したがって、全拠点の幹部に、虚偽記載リスクを理解させ、「重要性の大きい業務プロセス」の識別に協力してもらう必要がある。
 それは、実は単純な話だ。重要な虚偽記載リスクにつながる事項はたいてい予算化されている。その項目に関する業務上の誤りや予算管理上のごまかし、失敗の隠ぺい・先送りが虚偽記載につながる。製造原価予算や建設工事の積算予算も含む。それらの誤りやごまかしなどのリスクは、各拠点の幹部は知っている。それらが、単なる倫理上の問題ではなく、財務報告の虚偽記載(犯罪になる場合もある行為)につながることを周知すればよい。特に、生産量や在庫量のごまかしは、金額的な影響が直接見えないので注意喚起したい。
 一方、子会社のある業務にリスクがあることに気付いても、内部統制評価の範囲に加えたくない理由がある。それを評価範囲に加えると、その業務を担う子会社の全社統制評価とIT統制評価が自動的に評価範囲に加わり、負担が大きく増えるのだ。それはなるべく抑えたいところだ。そういう場合は、評価範囲に加える業務のリスクに応じて全社統制評価とIT統制評価を簡素化し、負担軽減を検討することができる。
 内部統制評価範囲を決めるとき、実施基準にある「連結売上高の2/3」、「売上高・売掛金・棚卸資産につながる業務処理」を機械的に当てはめる例もあるようだが、それは間違いだ。たとえば装置産業の製造業なら固定資産が大きな製造子会社の固定資産管理プロセスを、付加価値が大きい製造業なら原材料購買プロセスや在庫管理プロセスを追加する。その結果、売上高のカバー率は2/3をはるかに超えてしまうかもしれないが、それでよい。
 内部統制評価が形骸化したケースがある。内部統制評価をしてはいるが、三点セット(業務フロー、業務記述書、RCM)は実態と一致しておらず、不備があっても指摘せず、というようなケースだ。三点セットの維持管理には各業務の担当部署の協力が不可欠だ。毎年当事者が点検すれば、負担はそれほど大きくないうえに、その部署の管理者や担当者にとっては、内部統制整備が自分事になる。あるいは、評価で不備を見つけたら、素直に指摘して、期末までに改善すればよい。そうすれば、内部統制報告制度が形骸化することは予防できる。
 三点セットの維持管理に各業務の担当部署の協力が得られ、彼らに点検してもらうと、部署によって固有の修正が生じ、三点セットに組み込まれる。そのとき、キーコントロールの手順を共通にしておかないと、運用状況評価の負担が重くなる。さらに、情報システムを共通にしておかないと、IT業務処理統制評価も重くなる。情報システムを全社共通にしたとしても、部署固有の機能を追加すると、評価を個別にしなければならなくなるので、よほどの理由がなければ避けるべきだ。
 内部統制報告制度への対応を、他への影響をさせないで整備・運用するのは、楽をしているようでできていない。取締役会を含む全社的内部統制や各部署の管理者を含む財務報告虚偽記載リスクに関する教育、業務の標準化、そしてITを含めて考えることにより、最も合理的に実効性を担保できる。
(ブログ 2024/12/16~2024/12/22)

2025年05月28日

内部監査部門と監査役の協力関係

内部監査部門と監査役(または監査等委員会メンバー)は協力すべきだ。内部監査と監査役監査は、対象や目的は異なるが、活動や情報が重複する部分があり、効率と効果の観点から、協力することが期待される。そのために、たとえば毎月あるいは必要都度、情報共有のための会合を開催する。そのとき、内部監査部門から監査役へと同じぐらいの情報量を、監査役から内部監査部門へ提供すると、内部監査部門の監査が経営層の関心に合ってくる。

内部監査には国際基準があり、公認内部監査人(CIA)などの制度もある。一方、監査役には監査役監査基準はあるが、認定制度等はない。内部監査人も皆が国際基準に精通しているわけではないが、監査役はそれ以上に能力や考え方のバラツキがあるだろう。ただし、株主に対する責任が、真摯さの支えになっている。社内での立場は監査役が一段上になるが、協力関係においては対等でありたい。

会社法に基づき、監査役は取締役の業務執行を監査する。取締役の業務執行はコーポレート・ガバナンスが中核である。ガバナンス体制は全社に及ぶが、少人数の監査役が全社をくまなく見ることは不可能なので、内部監査部門の監査結果に頼ることになる。そういう意味で、内部監査部門は監査役の能力を補うことを期待されていると考えられる。内部監査部門は監査役の手下ではなく、対等だ。

よほどの大企業でなければ、監査役にスタッフはいないので、監査役が内部監査部門に監査役監査の記録係などを依頼することがある。メンバーが複数いる内部監査部門であれば、メンバーに対応させることで、さして支障はないし、教育的効果もありそうだ。一方、内部監査部門が部門長だけのときは部門長が監査役監査に同席することになる。内部監査部門長が監査役の手下のようで、これはまずいだろう。

内部監査部門長の人事には監査役が関与すべきではないか、という議論があるそうだ。これは、一般には無理があると思う。監査役には、次の内部監査部門長に相応しい者を探す手段がない。ただし、内部監査部門長が相応しい者か否かを評価することは、一定の期間を経れば可能だろう。内部監査部門長が相応しい者ではないと判断したときに意見を言うのは、監査役の通常の役割の範囲である。

内部監査部門は社長直轄が基本だ。社長の目となって、社内各部署の内部統制を評価するのだ。一方、社長は取締役の一人として監査役に監督される立場である。社長にとって、監査役と内部監査部門が連携することはあまり気分の良いものではないのかもしれない。
私の経験の範囲では、社長の直轄でありながら、社長が監査に注文を付けることはほぼなく、対社長と対監査役は等距離の関係でいられた気がする。
(ブログ 2024/12/8~2024/12/13)

2025年05月02日

小林製薬の紅麹原料による健康被害

 小林製薬の紅麹原料による健康被害の問題について振り返る。
 紅麹関連製品による重篤な健康被害の報告は、一件目を受けてから20日も経たずに6件になり、うち4件は医師からだった。社長は、普段にくらべて異常に多い情報の報告を受け、幹部の会議では回収・終売の可能性に言及したという。なのに、消費者への注意喚起や行政への報告はその後一ヶ月以上されなかった。メーカが消費者の視点を持っていないと、こんなことが起こり得る。
 健康被害の情報を最初に受けてから、その情報開示や製品回収開始までに2か月以上がかかった。その間に、月次の取締役会が開催されているが、この件を議論していないようだ。社外取締役がこの問題に関するレポートを読んだのは、情報開示の前日だったという。問題は、取締役会長も社長も多くの経営幹部も知っていたのに、取締役会で話題しなかった。
 この2か月以上の間に彼らがしていたのは原因究明である。問題の製品ロットを絞り込み、原料のロットを突き止め、それに意図しない成分が含まれていたことが判明し、ようやく情報開示と製品回収を決断した。それよりも、健康被害の拡大防止が先だろうと部外者は思う。部外者の感覚を経営に持ち込む役割が社外取締役だ。だから、取締役会での議論は大事なのだ。
 健康被害拡大より原因調査を優先したのは、行政への報告は「因果関係が明確な場合に限る」という方針を採ったからだ。消費者庁のガイドラインにあいまいなところがあるとして、安全管理部が消費者庁のガイドラインを読み解いて得た解釈だという。そうであれば消費者庁に確認すべきだった。この解釈が独り歩きし、健康被害の拡大防止より原因究明を優先する行動へとつながった。この文言は規程等にはないが、これを社内で何度も確認したのに、なぜか誰も疑問を言わず、相談した弁護士も妥当という意見だった。同一製品で問題が連続したら、原因は不明でも因果関係は明白だ。
 危機管理規程には、重大な製品事故等があったときに危機管理本部を設置することが定められている。紅麹原料による健康被害が続いた時点で、原因不明であっても重大な製品事故には違いないはずだ。危機管理本部で集中的に検討すれば、判断は早くなったはずだ。
 製薬会社には信頼性保証本部が必須の機能として設置され、その役割はビジネスを推進する事業部(製造部門・販売部門)に対して、製品の品質と安全性を担保する観点からのブレーキである。ところが、議事録等を見ると、信頼性保証本部が行政への報告等に関して業績への影響を考えたことが分かる。役割を果たして事業部と喧嘩していれば、社長の判断は違ったかもしれない。
(ブログ 2024/11/27~2024/12/4)

2025年04月24日