高速船クイーンビートルの浸水隠蔽を読み解く
日韓を結ぶ高速船クイーンビートルの浸水隠蔽についての第三者委員会調査報告書(2024年11月21日開示)を読み解く。
この事案で最大の問題は、運航していたJR九州高速船が浸水の事実を、三か月を超えて隠蔽したことだ。同社の方針として、浸水の懸念があれば当局に報告することを定めていたにもかかわらずだ。初日は浸水が少量で、通風口などから海水が侵入したものと推定されたのでやむを得ない面もあるが、3日-4日と継続すればそうはいかない。そこが分岐点だった。
JR九州高速船が浸水に関して定めた方針は、少量でも浸水があれば関係機関に速やかに報告、というものだった。それに基づいて、問題の浸水隠蔽が始まる前月までは、少量の原因不明の浸水でも当局に報告されていた。だが、問題の浸水は、一晩だけ様子を見るはずが、当局に報告せずに運航を継続せよとの方針変更だと船長も船員も認識したという。こういうとき、船長や運航管理者は、運航の安全に関しては社長に盾をつくぐらいに頑なでなくてはならないが、空気を読んでくじけることもある。普段から言い聞かせて支えるのは経営者の仕事だ。
船を運航する企業なら、浸水や沈没などの事故は最重要リスクの一つである。運航部門や運航管理者には運航の安全の責任を負わせ、利益や顧客満足の責任は営業部門に負わせる。この事案の場合は、そのような責任分担が曖昧だったのか、浸水発生時に、予約客のために運航を継続する方向に幹部の意見が偏り、社長はそれを追認した。ガバナンスの欠陥である。
リスクマネジメントの観点から、浸水や沈没などの事故を最重要と認識し、運航の安全に手厚いリスク対応を組み込むと決めることが必須だ。リスク対応としては、運航部門と営業部門の業務を分けて、運航部門は安全、営業部門は顧客満足というように責任を分離し、難しい判断のときに経営者に相談が上がるようにすることだ。
この事案で私が次に重大と思うのは、浸水警報装置のセンサーの、本来の位置から上方への移動だ。浸水が徐々に増えて、このままでは警報が作動して浸水を当局へ報告せざるを得なくなり、運航できなくなることが理由だった。船員にとって、浸水警報装置は自らの命を守るためのものでもある。誰に「やれ」と言われてもやりたくないと思うのだが。
この件、社内での相談や報告はされていた。運航管理者代行、運航管理者、安全統括管理者、そして社長まで承知していたのに、誰も異を唱えなかったのである。浸水の事実を隠ぺいするために浸水警報装置を上方へ移動させたことが、安全軽視という観点でのちに問題になる可能性を考えなかったのだろうか。
(注:浸水警報装置は、浸水の水位がセンサーの高さに達すると警報が作動する。上方へ移動すると、浸水がより高い水位に達するまで警報は作動しない。)
この事案に関する具体的な問題行動は他にもあった。隠蔽された浸水が始まった初日に浸水量の記録を取るように運航管理者が船長に指示したのだが、その記録は航海日誌などの当局が閲覧し得る公式記録にではなく、非公式の記録簿にされた。3ヶ月もそれを続けたわけだが、浸水の事実を当局に隠し通せると考えたように見える。それは不可能だ。
一般に、当局などに報告すべき問題を仲間うちで隠蔽しようとしても、しばしば失敗する。うっかりしゃべってしまう仲間がいたり、隠蔽していると知らない人がしゃべったり、仲間うちから内部通報があったりする。経営者としても、運航管理者としても、このような隠蔽はあり得ないのだ。
この事案で、JR九州高速船がまっとうな道に戻る機会はあったと思う。その最後の機会は、浸水の記録が2-3日で終わらず記録簿のようになったときだろう。これはまずいよ、やめよう、と誰かが言えば引き返せたのではないだろうか。それが若い船員だったとしても、公益通報保護法が整備された今の時代に、従業員に黙っていろと言える経営者はさすがにいないと信じたい。
なお、第三者委員会の報告書について、2024年12月27日に第三者委員会報告書格付け委員会が非常に低い評価結果を開示した。9人の委員のうち7人がD、2人がFだという。評価の理由のうち、社長、運航管理者、船長がそろって安全より利益を優先した理由・動機の解明がされていない点を指摘している。私は「空気を読んだ」と解釈したが、確かに他の理由もあり得る。
(ブログ 2024/12/30~2025/1/11)